Yasuragi 〜大安寧〜
関心メモ / 半SF好奇心の種
七月、帰宅。
蒸し暑い部屋の電気を点けると、壁に貼り付く夏のディフェンディングチャンピオン、カブトムシ。
ではなく、オールシーズンチャレンジャー、やつ。
今年も地区予選ならぬ地下予選を勝ち抜き、チャンピオンのユニフォームに近い色合いをまとってやってきた。
ファイナルラウンド、人間スタジアム。
とまあ、そんな価値も中身もない、うじむしのような言い回しで実況している間にやつが逃げるので、間髪入れずに玄関に置いてある、やつ専用噴射式殺虫剤を手に取った。
ごはんの調味料を買うときには、汎用性を大切にして、コショウやバジルやラー油を買ったりする。
お洋服を買うときも、組み合わせて着回ししやすいように、とがりすぎない、使いやすいシャツとかを買う。
でも、殺虫剤に限っては専用がいい。
汎用性なんていらない。
やつだけを終わらせたい。
夏が来るたびに、いつもそんなことを思い考えたりする。
飽きる様子もなく、フレッシュに。
でもなんとなく、今年の夏は少し違うことを思い考えた。
もしも、やつと少しくらい会話ができたら、私たちの対応は少しくらい変わるのだろうか。
いや、やつではなく、彼らと言い換えよう。
彼らの嫌いなところはどこですか、と人にアンケートをとると、よくあるのは、
見た目がきもい。
なんかこっちに飛んできそう。
どこに行きたいのか動きが読めない。
などが大半を占める。
でも、それだけだと、人間にも同じようなのはいる。
言葉を覚えていないやんちゃな幼児、会話にならない迷惑系YouTuber。
しかも、やつ、いや、彼らは、そんな人間よりも社会的な実損を出してはいない。
ソファーに落書きをしたり、お寿司屋さんの醤油の入れ物をなめたりしない。
それなのに、彼らは存在だけが猛烈に拒まれ、避けられるにとどまらず、駆除を前提に追いかけ回される。
もし彼らと会話ができる翻訳機があれば、聞きたいことはいくらかある。
なぜ我が家にいるのか。
どこから入ってきたのか。
何が目的なのか。
殺虫前の取り調べ系の詰問。
他にもあるといえばある。
何が食べたいのか。
どうすれば人間の住処には来ないようにしてくれるのか。
共存というよりも、こっちに来ないでいてくれる外交チックな質問。
加えて、他にもある。
どこのレストランの残飯が美味しかったのか。
どの地域の下水が比較的汚くて、逆に綺麗めなところはどこなのか。
裏配管ルートに住むからこそわかる、マーケティングや保全データの共有依頼など。
彼らが本当にこの質問にまともに答えてくれたとき、私たちはどう感じるのだろう。
握りしめたままの専用殺虫剤という拳銃の引き金を、引けるのだろうか。
この夏、プシュー、という音とともに、やつらの初戦敗退が決定した。
Tarachine 〜たらちね〜
生活ログ / ひとり語りの文字起こし
『木のマタニティマーク』
通勤電車の優先座席で、席を譲られた女性のバッグに、見慣れない木のマークが揺れていた。支えるためのサインが、見た目を整えるほど伝わりにくくなることがある。
***
きっと、現場の意見を聞かずに作られたものというのは、こういうもののことを言うのではないか。
そう思ったことがあった。
大阪府の茨木市という場所に、私の職場がある。毎朝、電車に乗ってその街まで行くのだが、非常に混み合う電車のため、95%以上の確率で、私はつり革をつかんで立って乗車することになる。
大阪から京都に向かう阪急線という電車だ。京都河原町行きという、比較的利用者の多い準急列車である。
私はその電車に乗って、いつも通りつり革につかまり、優先座席の前で立っていた。目的地まではまだまだあるが、次の駅で電車が止まったときに、優先座席、つまり私が立っている目の前に座っていた男性が立ち上がり、電車を降りた。
私はありがたく、その優先座席の空いたところに座らせてもらった。
周りを見ても、特にご老人などはいなかったし、私より年齢も若い、まだまだ部活を頑張れそうな高校生などがたくさんいただけだったからだ。
そして、私が座ると、今度はみんなが電車を降りた頃に、その電車にまた人が入ってくる。するとまた人は入れ替わり、先ほどとだいたい同じぐらいの人数を保ちながら、新しい乗客で再構成された。
先ほど私が立っていたところには、今度は新しく電車に乗ってきた、20代後半から30代前半とおぼしき、綺麗なお姉さんが立っていた。オフィスカジュアルよりも、もう少しまだカジュアルなぐらいの緑色のワンピースを着て、肩掛けのショルダーバッグのようなものを下げていた。
私はそのまま電車に座れて、少しだけ眠ろうかなどと思いながら、電車のソファーの上部にある壁に頭をもたれかからせて、半分コクリコクリと眠りそうな状態だった。
そうすると、また次の駅に到着した。
すると、私が座っている席の向かいの優先座席に座っていた人が立ち上がり、その駅でまた降りた。そこに空席ができたため、また別の女性がそこに座った。
その座るときぐらい、ちょうどその人がさっきの優先座席から立ち上がって電車を降りていくようなタイミングで、私の前に立っていたさっきの緑のワンピースの女性が、後ろが空いたことを察知して振り返り、席を確認した。
そして、その頃にはもう次の人が座っていたので、その緑のワンピースの女性は座ることができなかった。
でも、座ろうかなと思ってその席の方に体を向けていたので、先に座った女性と、その緑のワンピースの女性が、がっつり目が合っているような感じだった。
すると、その先に座った女性が再度立ち上がって、そのワンピースの女性に席を譲ったのだ。
私は、なんて優しい人なんだろう、と思いながら、もう半分は、もしかすると何か、私が見落としている、優先座席に座るべきサインがあったのか、とも思った。
緑のワンピースの女性が席に座ったとき、ちょうど私の向かいに来たので、ちょっとだけ目で全身を確認した。
そうすると、特に目立ったマークは見当たらなかった。
よくあるのが、十字とハートの白いアイコンが、赤色の四角いプレートに印刷されたヘルプマーク的なキーホルダーである。これは、体が悪い人、何かしらの障害を持っていらっしゃる方が、意思表示するためのキーホルダーなのだが、それはなかった。
そして、マタニティの方がつける、白いベースにピンクで、お母さんが赤ちゃんと一緒に写っている可愛らしいアイコン。日本ではこのマタニティマークというのがあると、席を譲るのがマナーとなっている。
しかし、それもついてはいなかった。
しかし私は一つのことを思い出して、その女性のある部分を注視した。
それは、彼女のカバンについている茶色い木のキーホルダーである。
どこかで見たことがあることを思い出し、それが何なのか思い出した。
私の職場にいる女性が、ちょうど子供を授かりマタニティになった時、同じキーホルダーをつけていた。それは一般的なキーホルダーではなく、役所からもらうキーホルダーで、その町の伝統的な木を使って、お母さんと子供のマークのアイコンが彫られた、クラフト系のデザインのマタニティマークキーホルダーだったのを、私は思い出した。
そして今、向かいに座っている緑色のワンピースの女性がカバンにつけているものが、それと同じであるということに、その時気づいた。
その時に、しまったと思ったのだが、正直に言うと、非常にわかりづらい。
このマークは、その役所でしかもらえないものだから、世の中のグローバルな認識ではないわけだ。
私たちが普段見ている、白地にピンクのアイコン。これは日本全国でもらえるマタニティマークと同じもの、全国版である。
しかし、その女性や職場の同僚の女性がつけていたものは、その街に住んでいる人だけがもらえる、オリジナルのローカルのものだった。
これはもしかすると、そのエリアで子育てをしたことがあるパパたち、もしくはママたちからすると、すぐに気づけるものなのかもしれない。
しかし、そうではない、そのような経験をしたことがない者からすると、気づきようのない、慣れないマークなのである。
このキーホルダーは、ただなんとなくおしゃれなクラフトのキーホルダー。そういうふうにしか見えない。
現に、そのワンピースを着ている女性の後ろ、電車の壁面の上のところを見上げると、
「このマークがついている人には、席をどうぞお譲りください」
という注意書きが、あの全国版のマタニティマークのアイコンを大きく表示して、大きく添えて書かれてある。
子育て中、妊婦さん、そのお母さんたちのファッション性を損なわないことは、確かに大事だ。
だが、おそらく支える側も支えられる側も、一番重要視しているのは、わかりやすさなのではないだろうか。
多分だが、このデザインを考え、実際に作ることを決定した役所の職員、もしくはその企画に乗ったクラフトマンは、子供がいない人なんじゃないかな。
そんなことを思いながら、職場の最寄り駅に到着し、私は電車を降りた。
Bisho-An 〜びしょう庵〜
掌編 / 物語作品
形式創作:わからないもの
【作品】
女:もう! 愛って何よ! 私、もうわかんない!
男:……。
女:何か言ってよ!
男:「多変数複素関数論」って知ってる?
女:は? 意味わかんないこと抜かしてんじゃないわよ。
男:いや、多変数複素関数論というのはね……。
女:やめて! つまんないもの聞きたくない! 私は、学んだことがないものはわかんないから嫌いなの!
男:愛は?
Rinri 〜りんり〜
サウンドスケープ / 音の瞑想
0:00 - 0:03:46:00
トラック:ドライヤー
フィールドノート / 背景
🗂 技術情報
- レコーダー:RODE Wireless PRO,ZOOM M2 MicTrak
- フォーマット:48kHz / 24bit / Stereo
🪶 メタデータ
- 録音:20260706、自宅
- 再生時間:0:03:46:00
- ジャンル:ambient,lifestyle
- ライセンス:All Rights Reserved
© 2026 不得井(enui) / Futagu
本投稿に掲載されているすべての文章・音源・画像は作者による創作物です。
無断転載・二次利用・改変を禁じます。
引用・翻訳・コラボレーション等のご相談は、Substackプロフィールよりご連絡ください。
本作は、好奇心・省察・創作・音を通じて意識を探る、四つの層からなるFutaguシリーズの一作です。
流れをたどるのも、ただ漂うのも、どうぞ自由に。
© 2026 不得井(enui) / Futagu — 無断転載・二次利用禁止
読んでくださりありがとうございます!新しいポストを受け取り、私の活動を応援していただくために、ぜひ無料で購読してください


