第6章 安いものを探す
水野は、ノートに引いた二本の縦線を見ていた。
左側には「支払い」、右側には「体験」とあり、久保の冊子について、支払いの線には低い位置、体験の線にはそれより高い位置へ印が付いている。その下には、前日に佐伯と書いた言葉が残っていた。
消費者余剰に近い。
ただし、それだけではない。
説明は少し進んだものの、水野には別の疑いが生まれていた。
三百円の冊子。四百五十円のコーヒー。千円のゲイシャも気に入ったが、最近になって繰り返し考えているのは、支払いの小さかった二つの買い物だった。
価格が低ければ、買うときに身構えなくて済む。合わなくても失う金額は小さく、その安心を、受け取った価値の大きさと取り違えているだけかもしれない。
水野はページの余白へ書いた。
自分は、安いものが好きなだけではないか。
書いてみると、十分にあり得る気がした。そこで、もう一行を加えた。
安いものを意識して選ぶ。
その日の昼、水野は会社の近くにある立ち食いそば店へ行った。
店頭の券売機で選んだかけそばは、三百九十円だった。店内に椅子はなく、客は壁沿いの細い台へ向かって立っている。食券を渡すと店員が番号を確認し、一分も待たないうちにそばが出てきた。
箸と水は自分で取り、食べ終えた器も返却口へ運ぶ。そばは熱く、出汁は濃かった。特別においしいとは思わなかったが、不満もなく、会社を出てから店を出るまで十五分も掛かっていない。
器を返すと、店員が短く礼を言った。水野が外へ出るのと入れ替わるように、次の客が券売機へ向かった。
三百九十円。安く、提供も早い。客の側で行う作業は多いが、それは店へ入る前から分かっていた。急いでいる日なら、また利用するかもしれない。
ただ、久保の冊子を読み終えたときのような感覚はなかった。
支払いは小さく、受け取ったものも予想の範囲へ収まっている。それが悪いわけではない。店は、必要な昼食を短い時間で、そのまま渡していた。
翌日、水野は小規模な商談会で配る商品案内を印刷することになった。社内の複合機でも作れたが、用紙を少し厚くし、カラーで百部用意したかった。
検索画面の上に、
カラー印刷百部、五百円から。
という広告が出ていた。一枚当たり五円なら社内で印刷するより安いと思い、水野はサイトを開いた。
チラシ印刷を選ぶと、用紙サイズ、片面か両面か、紙の種類と厚さ、納期、色数、梱包方法を順に指定する画面が続いた。五百円で印刷できるのは、最も薄い紙を使い、十営業日後に発送する場合だけだった。希望する厚さを選ぶと八百円になり、三営業日後の発送へ変えると千二百円になる。さらに送料と決済手数料が加わった。
画面の端には、入稿データに不備がある場合、納期は保証されないと書かれていた。
資料をアップロードすると、
塗り足しが設定されていません。
という警告が出た。
今回の資料には白い余白があり、紙の端まで色を印刷する予定はない。水野は「そのまま進む」を選んだが、次にはフォントが埋め込まれていない可能性を指摘された。
資料はPDFに変換してあったが、念のため元のファイルを開き直し、保存方法を確認してから、もう一度PDFを出力した。再びアップロードすると、今度は商品画像の解像度が推奨値を下回っているという警告が出る。
商談会で見るには十分な画像だったが、印刷後に粗くなる可能性があるらしい。水野は画像を探し直して差し替えた。
最初に広告を開いてから、四十分が経っていた。
「まだ入稿してるんですか」
隣から佐伯が言った。
「安い印刷会社を見つけたと思ったんやけど」
「いくらですか」
「広告では五百円」
「今は?」
注文画面の合計金額は、二千百八十円になっていた。
「社内で印刷したほうが早かったのでは」
「今さら言わんといて」
「水野さんの人件費を入れたら、もう高いですよ」
佐伯はそれ以上言わず、自分の仕事へ戻った。
途中でやめて社内印刷へ戻ることもできたが、水野は、ここまで使った時間を無駄にしたくなくなっており、そのまま注文を確定した。
支払いを終えると、入稿受付のメールが届いた。これで終わったと思った十分後、別のメールが来た。
件名は、
【要確認】入稿データについて
となっていた。
画像の一部が印刷範囲に近く、裁断によって切れる可能性がある。修正するなら再入稿し、そのまま進めるなら了承の返信が必要だという。
水野は、安く印刷するために自分が引き受けたことを数えた。仕様を選び、注意書きを読み、ファイルを作り直し、画像を差し替え、いくつもの警告が問題かどうかを判断し、最後にはメールへ返信する。
店員と直接話さずに注文できる代わりに、判断の多くが水野の側へ移っていた。
金額だけを見れば、社外へ頼むカラー印刷としては安いのかもしれない。しかし、支払いが軽かった感じはしなかった。
注文を間違えていないか。予定日に届くのか。画像は切れないか。決済が終わったあとにも、小さな緊張が残っている。
さらに数日間、水野は安さを意識して買い物を続けた。
駅前の店では、値下げされた折り畳み傘を買った。最初に雨の中で使ったとき、持ち手が少しぐらつき、風が吹くたびに骨の接続部分が鳴った。傘として雨は防いでいる。それでも、水野は壊れるかもしれないという予測のために、持つ手へ余計な力を入れていた。
別の日には、初回料金の安い宅配サービスを利用した。商品価格は低かったが、最低注文額へ届かせるため、必要のないものを一つ追加することになった。指定できる時間帯も広く、荷物が来るまで外出できない。
玄関で商品を受け取ったとき、水野には自分が得をしたのか分からなかった。
もちろん、安いものの中にも便利なものはある。立ち食いそばは、短い時間で必要な昼食を渡してくれた。折り畳み傘も、雨を防ぐという役割は果たしている。印刷物も予定日の朝には届き、百部のチラシはきれいにそろっていた。
安いこと自体が、悪いわけではなかった。
ただ、価格が低ければ、支払いのあとに良いものが残るとは限らない。値札の外側へ、手間、不安、判断、壊れるかもしれないという予測が押し出され、その負担を客が引き受けることで、金額だけが小さく見える場合もある。
久保の冊子を三百円で買ったときには、読者として大きな手間を求められなかった。吉岡の店でも、四百五十円を払ったあとに注文や店の運営を心配する必要はなかった。
二つの買い物は価格が低かっただけではなく、支払いの外側へ不安を残していなかった。
週末、水野は自宅で録音した音声ファイルを整理していた。
日付と場所を確認しながら、不要なものを別のフォルダへ移していると、数年前に河川敷で録ったファイルが見つかった。夕方の風と、遠くを走る電車を録音したものだった。
再生してみると、音が小さい。
パソコンの音量を上げるにつれて電車の音は聞こえてきたが、同時に低い雑音も大きくなり、イヤホンの中を一定のノイズが埋め始めた。
録音したとき、水野は急な大音量を恐れ、入力を下げすぎていた。電車の音は確かに収まっている。しかし、本当に聞きたかった風や草の音まで小さくなり、後から持ち上げようとすれば、必要な音と一緒にノイズも上がってくる。
水野は再生を止めた。
入力を低くすれば、安全になるわけではない。小さく録ることと、余地を残すことは違う。必要な音まで失った録音を、もう一度聞きたいとは思わなかった。
ノートを開き、久保の冊子について書いたページの次へ、短く記した。
安さではない。
少し考えてから、もう一行を加えた。
必要なものを残したまま、まだ受け止められる余地があること。
水野はペンを置いた。
パソコンでは、河川敷の録音が停止したままになっている。画面上の波形は小さく、その上には広い空間が残っていた。
しかし、その空間は、何も受け止めてはいなかった。
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