第10回 会社が回っているのではなく、人が燃えている
仕組みの不足を、人間の判断力で埋める組織
小さな会社では、一人が多くの仕事を持つ。
営業担当が資料を作り、問い合わせに答え、画面の日本語を直し、マニュアルを書く。マーケティング担当が広告だけでなく、分析、商品選定、販売ページ、社内への説明まで担う。誰かが休めば、近くにいる人が埋める。
それは、小さな組織の強さでもある。
役割の境界を越えて助け合える。問題を見つけた人がすぐ直せる。大きな会社なら部署をまたぐ仕事を、一日で進められる。
ただし、柔軟さと依存はよく似ている。
退職したあとに見える仕事
ある分野を担っていた担当者が会社を辞めた。
その人は、数字を見て施策を調整し、商品の見せ方と顧客の反応を結びつける仕事をしていた。何を試し、どこで止め、どの費用までなら使うかを考えていた。
本人は私に、運用費へ売上比率による一律の上限が設けられたと話した。支出を抑える意図は理解できる。ただ、商品や市場の違いにかかわらず同じ比率へ収めると、立ち上げ期に必要な試行まで止まりやすい。
その後に数字が下がったことも、私は本人から聞いた。二つの出来事の因果を、私自身が資料で検証したわけではない。それでも本人は、専門性を使って改善するより、目の前の比率に合わせて運用が狭くなる感覚を話していた。
退職の理由は本人にしか分からない。会社への不満だけで決めたと断定することはできない。キャリア、生活、報酬、やりたい仕事。人が辞める理由は一つではない。
私が直接確認できたのは、その人が辞めたあとのことだった。
仕事は消えなかった。
仕事は残った担当者へ分かれて流れた。実際に仕事を受け取った人から、引き継ぎの状況を聞いた。制作、更新、分析、問い合わせ。誰かが少しずつ引き取る。引き継ぎきれない判断は、経験のある人の頭の中から失われる。
会社は動き続ける。だから外からは、欠員を乗り越えたように見える。
しかし、仕組みが回ったのではない。
残った人が燃料になっただけだった。
人間への仮置き
会社には、まだ仕組みになっていない仕事がある。
例外対応。文章の調整。相手の意図を読むこと。危険を感じて止めること。複数の部署の情報をつなぐこと。代表の曖昧な指示を、実行可能な作業へ変えること。
こうした仕事は、最初は人に任せるしかない。
問題は、仮置きのまま時間が過ぎることだ。
その人ができるから、任せ続ける。手順にしない。権限を決めない。評価の仕組みに入れない。代わりを育てない。
重要な仕事として頼る一方で、待遇や肩書きの話になると、普通の従業員として扱う。問題が起きれば担当者として責任を求め、判断を求めれば経営の領域だからと権限を渡さない。
必要なときだけ重要人物にし、返すときは一般社員へ戻す。
それでは、人は長く会社を支えられない。
可逆な労働、不可逆な賭け
従業員は退職できる。仕事を辞め、別の場所へ移ることができる。その意味で、雇用は可逆的である。
一方、経営が選ぶ商流、借入、固定費、契約、外部への約束には、簡単には戻せないものがある。
本来、不可逆な賭けは、経営が引き受けるべきである。
しかし、設計が弱い会社では、その賭けを、従業員の可逆な労働で支えることになる。
問題が起きれば対応する。人が辞めれば埋める。説明が足りなければ資料を作る。仕組みが未完成なら手作業で回す。
人が頑張るほど、会社は「回っている」ように見える。
その見え方が、設計を遅らせる。
会社が回っているのではない。
評価のときだけ仕事が狭くなる
役割を越えて仕事を任される人ほど、評価の言葉とのずれを感じやすい。
私自身、営業として入りながら、資料、運用、報告、調整などへ仕事が広がった。ところが評価の場面では営業実績が問われ、営業から離れる理由にもなった追加業務が、どのように評価されたのかは明確でなかった。
算定基準を尋ねると、事前に定めた基準はないと説明された。仕事を頼むときは広く、価値を測るときは狭い。
このずれは、単に報酬への不満ではない。会社が、何によって自分たちが動いているかを理解していないことを示す。
見えない調整や予防は、事故が起きなかったとき成果として数えにくい。分かりやすい売上だけで評価すると、組織を守った仕事ほど消える。
人間への依存を減らす第一歩は、仕事を手順にすることだけではない。誰がどの判断を支えたかを、会社が認識することである。
認識されない仕事は、仕組みにも評価にもならず、次の人の善意へ繰り越される。
回らない部分を、人が回している。

